身寄りのない仏壇

21255_10206419320742017_5163699588961372036_n[1]

数ヶ月前のこと、身寄り(?)のない仏壇、というか小さな厨子を預かった。
ご遺影やご位牌はおろか、ご本尊や経本まで揃っていた。

気持ち悪がられ、打ち捨てられた。
それを拾って、一時的に預かっていた方々が、始末に困り、慈海に連絡してきた。

雪の中伺うと、埃をかぶったそのご遺影とお厨子が、倉庫の奥からガタガタ音を立てながら事務所の机の上に安置された。
預かってらした方々が、お花と供物を用意され、綺麗に拭き清められた。

慈海は、それを荘厳し、阿弥陀経のお勤めをする。

ご位牌の主は、きっと毎日この厨子を開いて、お勤めされてきたのであろう。
このご本尊は、幾度その涙を慰め、幾度喜びの声を聞いたのだろう。

最後の仕事と、慈海に経を聞かせてくださる。
慈海はそっと、よかったですね、と応える。

春になったら燃やしに行こう。
そう思いながら、自宅まで持ち帰った。

そして、先日。
3月の終わりにしては、暑いくらいの陽気の日に、再びそのご遺影とお厨子を車に詰め込み、山の畑に運んだ。

火をたく準備をするだけで額から汗が吹き出すほどの陽気であった。
時折山から降りてくる風が心地よかった。

丸めた新聞紙に火をつけ、バラバラにしたそのお厨子をくべていくと、想像以上に早く火が回っていった。
長い年月の中、古くなった木は、乾燥しきっていたのだろう。

火の勢いが大きくなったところで、ご本尊とご位牌をくべる。
そして、最後にご遺影をそっと火の上に横たえた。

炎が立ち、ゴウゴウと音を立てる。
煙がゆらめきながら青い空に昇って消えていく。
その煙の行き先に、御役目、ご苦労様でしたと、手を合わした。

しばらくたって、炎も落ち着いた頃、突然赤い炭の中からバチバチと音がした。
何か変なものでも混じっていたかと、炭の中を覗くと、生きた蛙がいた。

焚き火のせいか、冬眠から覚めてしまったのだろうか。
土の中から出てきたはいいが、まだ蛙には少し冷たい風に、暖をとろうと誤って飛び込んでしまったのだろうか。

反射的に木の棒を炭の中に突っ込み、その蛙を弾き出した
草むらの奥に、あわてて跳ねて行き、見えなくなった。

供養しようとしたのだろうか。
とっさに、口から念仏が溢れる。
なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ……と、呟く。

呟きながら、
「その念仏はどういうつもりの念仏や」
と、師の声を聞いた気がした。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

聞見会新聞【第四号(平成27年3月22日発行)】

聞見会新聞第四号表紙イメージ

聞見会新聞第四号表紙イメージ聞見会新聞 第四号 が、出来上がりました。
送付ご希望のご連絡くださっていた方々には、今月中に発送手配いたします。
お手元に届くまでしばらくお待ちください。

また、今回もPDF版をご用意しました。
ご希望の方はこのページ下からダウンロードしてご覧ください。

さて、今回は、前回の第三号よりもさらに4ページ増量しました。振り返ってみると、号を重ねる毎に4ページずつ増えてきています。このまま行くと、来年には、、新聞どころか小冊子になってしまいそうです。ま、それはそれで、読み応えがあっていいかもしれません。

ということで、今回のコンテンツは、下記の通り。

  • 「阿呆堕落偈(前川五郎松著)」より、”き~そ”の段
  • 林遊さんのブログ『用管窺天記』より、「念仏会」の記事を転載
  • 法話は、前回の続き『今将談仏力』の後席
  • 『御同行より』は、小合あゆみさんが寄稿くださいました。
    『興禅寺さま報恩講にて』の、第1回です。連載いたします。
  • お知らせ
  • 編集後記
  • 聞見会について
  • 「聞見会の名称について」

前号に掲載した「念力門」は、今回おやすみしました。
続きは次号に掲載予定です。

この聞見会新聞をご希望の方は、下記[配送希望フォーム]より、必要事項を入力の上、ご連絡ください。
代金は不要です。送料もこちらで負担いたしますが、もしよろしければ、聞見会の活動に寄付くださいますと嬉しいです。

次号(第五号)は、平成27年6月に発行予定です。


 

聞見会新聞 第四号

■コンテンツ

  1. 『阿呆堕落偈(き~そ)』
  2. 『念仏会』
    (ブログ『用管窺天記』より)
  3. 法話『今将談仏力(後席)』
  4. 御同行より
    『興禅寺さま報恩講にて(第1回)』 小合あゆみさん
  5. お知らせ

■発行日
平成27年3月22日

■ウェブ版PDFダウンロード
icon_pdf_1r_641  聞見会新聞【第四号(平成27年3月22日発行)】PDF 版(1.19MB)


■ 配送希望フォーム


 

【ご連絡】2月24日の仏教講座と、今月の念仏会おやすみいたします。

いつも聞見会の活動にご参加くださり、またご支援も賜り、誠にありがとうございます。

さて、本日2月24日の19時からを予定しておりました「スペースおいち」さんでの仏教講座ですが、講師急用のため、お休みとなりました。突然のご連絡で申し訳ございません。

来月の開催については、また追って、こちら聞見会ウェブサイト他でご案内いたします。

さらに、今月の聞見会念仏会につきましても、お休みとさせていただきました。
3月の開催については既に予定日等内定しておりますので、こちらも追ってご案内いたします。

楽しみにしてくださっている方々には、大変恐縮ですが、何卒ご了承くださいますと幸いです。

合掌
聞見会代表 慈海 拝

如来と一緒に歳をとる

元日の日、慈海の村のお寺で修正会という、元日の法要があった。

毎年欠かさずお参りに行っていた村のおばあちゃんは、昨年末から体の調子を崩し、今年はお参りに行けないでいた。

「今度の修正会は、体キツイで、お参りにいけんかも知れんわぁ」

と昨年末お会いした時におっしゃっていたので、それなら、慈海がお参りに行くよというと
「そんなん、忙しいやろに、いいって、そんなんいいって。」
と遠慮してか、悪い悪いとその時は言い続けていたものの、お寺での修正会と、懇親会が終わってから夕方頃おばあちゃんの家に行くと、
「遅かった!ずっと待ってた!」
と、朝からずっと楽しみに待ってくださっていたようだ。

じゃぁ、さっそくお勤めしましょかと、言ったものの、仏間は寒そうだったので、おばあちゃんの部屋でお勤めをすることに。
こんな事もあろうかと、持ち歩いている懐中名号のご本尊を床の間に安置し、仏間からキンを借りてきて、正信念仏偈のお勤め。

調子が悪いはずなのに、しっかりとした声が背中から聞こえてくる。
慈海は、読誦しながら、体が悪い時に逆に迷惑やったやろうかとか、無理させているんじゃないだろうかとか、そういうことが気になっていた。

15分ほどのお勤めが終わり、回向文を発音しようとしたその直後、

「なんまんだーぶ! なまんだーぶ! なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ……」

ひときわ大きな声が、慈海の背中をドンと押した。

翌日、師に電話でその話をした。

「お念仏の声に、迫力を感じました。」
「あったりまえやろ。まさしく今、後生の一大事のお念仏やろ。」

慈海の背中を押したのは、おばあちゃんの生きてこられた年月の迫力かもしれない。

「なぜ生きて、なぜ死んでいかねばならないのか。
なぜ人は、独りで生まれて、独りで死んでいかねばならないのか。
そこんところをもっとしっかり観ていかんとな」

阿弥陀様と一緒に歳をとってこられた、そのお念仏の声である。

慈海もまた、同じ阿弥陀様と一緒に歳をとる。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ