この涙は、きっと50年前のあの時の涙とは違った涙なんでしょう
今朝は息が白くなるくらい急に寒くなりました。昨日のお昼から今朝にかけて雷がやかましかったです。寒気が入ってきたんですかね。
昨晩とある方のお通夜にお参りにうかがいました。
いつもは車を運転している時には、ご法話やご文章を聞いたり、音楽を流したりしているのですけど、なんとなく考え事がしたくて、何も流さず、ぼんやりと物思いにふけりながら運転していました。
一昨日もお葬式への役僧出勤がありました。その際、野辺送り(火屋勤行)のあとに数分の短いお話をしました。お通夜に向かう車中、その自分が取り次いだお話のことが頭にありました。
お通夜の会場に着くと、喪主の方が「席を用意しているから是非」と出勤を求めてくださいました。念のために車に法衣を積んでいたので、急遽ご導師のもと法中様に並んでお仏壇の前でお勤めさせてくださいました。
参列の方々のお勤めの声も大きく、会場中が正信偈の声でいっぱいになりました。お勤めの合間合間に、喪主の方のお念仏が背中から聞こえてきます。そのお念仏に誘われるように慈海の口からもお念仏がこぼれます。
ご導師が涙ながらに思い出を振り返りつつ、「しかしこの別れの寂しさだけで終わらないのが浄土真宗なんです」と力強くお取次ぎくださいました。ありがたいご法話でした。大変ありがたいお通夜の式でありました。
実は昨日は吉崎地区の方のお通夜もありました。残念ながらそちらにはお参りできませんでしたが、重なる御往生の知らせに、ここ数日「無常」を思われてしたためてくださったと伝えられる蓮如さんの「白骨のご文章」の言葉がずっと頭の中で繰り返し思い出されています。
冷たい雨に今朝は鳥たちも息をひそめて、吉崎の境内はひっそりとしています。寒暖を繰り返しながら季節は少しずつ冬に向かっているのでしょうか。秋去り、春去り、この身もいずれ無常の風に吹き飛ばされる時が来ます。必ず来ます。
しかし、それで「終わり」ではないという世界があったのだと聞かされてきました。
慈海の父は24の時に父親(つまり慈海の祖父)を亡くしました。その祖父が息を引き取ったばかりの、わずか数分後、涙にむせぶ父に向かって親戚の方がこうおっしゃったそうです。「あんさん、そんなに泣くもんやないざ」優しくそう言われたその言葉の意味が、父は最近までわからなかったと言います。親を亡くしたばかりなのに、なぜ泣いてはいけないのか。
あの時のあの言葉は、死ぬことが別れではない。死ぬことが終わりではない。死んで消えていくのではない。「往生」つまり本当の命に生まれていかれたんだ。だから、そんなに悲しまなくていいよということを、教えてくれたんだろうなと、最近涙を浮かべながら父は語ります。この涙は、きっと50年前のあの時の涙とは違った涙なんでしょう。
なんまんだぶ