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【聞見会念仏会(もんけんかいねんぶつえ)】2015年1月 第九回 @慈海坊仏間

2014年12月25日 by 慈海

日時:2015年1月25日(日)14時から17時(予定)
会費:不要
場所:慈海坊仏間(福井県坂井市春江町針原20-31)

 

2015年の最初の「聞見会 念仏会 (もんけんかい ねんぶつえ)」は、今までに引き続き、慈海坊で開催予定です。日時、及び場所の詳細は上記の通りです。

なお、開始時間の1時間前(13時)開場としますので、余裕を持っていらしてくださっても結構です。念仏会開始前に仏法談義というのも、いいかもですね。

■予定しているタイムテーブル■

開場(13時)
↓
念仏会開会(14時)
↓
讃仏偈のお勤め
↓
お念仏(30分ほど)
↓
回向
休憩
↓
お念仏(30分ほど)
↓
回向
休憩
ご法話お聴聞(15時半くらいから1時間ほど)
↓
仏法談義、歓談
↓
散会(17時)

ご法話は、いつも通り慈海がお取次ぎするかもしれませんが、もしかすると別の方にお願いするかもしれません。もしくは、いつもの様にご法話音源を一緒にお聴聞、とか、ご法話の本を朗読、となるかもしれません。

なお、開会日時などは予告なく変更になる可能性があります。その場合はこちらでご案内します。

ぜひ、一緒にお念仏しましょう。

なんまんだぶ

カテゴリー: お知らせ タグ: 仏法談義, 勉強会, 後生話, 念仏会, 慈海坊, 聞見会念仏会

【聞見会念仏会(もんけんかいねんぶつえ)】2014年12月 第八回 @慈海坊仏間

2014年12月1日 by 慈海

日時:12月23日(火)10時から14時半を予定
会費:不要
場所:慈海坊仏間(福井県坂井市春江町針原20-31)
☆お昼のお食事をご用意する予定です

 

2014年最後の「聞見会 念仏会 (もんけんかい ねんぶつえ)」は、12月23日(火)10時から、慈海坊仏間にて行います。

今年最後ということもあり、今回は、参加者の方々と、お昼をご一緒したいなと考えています。
お食事は、簡単なものしかご用意できないと思いますが、一緒にご飯いただきながら、場合によってはお酒も入りながら、仏法談義、後生話、というのもまた楽しいかと思います。
ぜひご参加ください!

お食事は、年末ということもありますし、おろし蕎麦なんかいいかなぁと、検討中です。個人的におろし蕎麦が好物なので、自分が食べたいというのもありますけれども。
そして、もちろん、持ち込みも大歓迎です!大大歓迎です!

さて、肝心の、念仏会のタイムターブルですが、今のところ下記のような段取りで考えています。

 

■予定しているタイムテーブル■

念仏会開会(10時)
↓
讃仏偈
↓
お念仏(30分ほど)
↓
回向
休憩
↓
お念仏(30分ほど)
↓
回向
食事の用意(11時半位を予定)
↓
お食事、仏教談義、後生話
↓
ご法話お取次ぎ(13時から1時間ほど)
↓
散会(14時半予定)

ご法話は、慈海がお取次ぎするかもしれませんが、もしかすると別の方にお願いするかもしれません。もしくは、いつもの様にご法話音源を一緒にお聴聞、とか、ご法話の本を朗読、となるかもしれません。

なお、開会日時などは予告なく変更になる可能性があります。その場合はこちらでご案内します。

ぜひ、一緒にお念仏しましょう。

なんまんだぶ

カテゴリー: お知らせ タグ: おろし蕎麦, お斎, 仏法談義, 勉強会, 後生話, 念仏会, 慈海坊, 聞見会念仏会

「おそろしい人」「かわいらしい人」

2014年11月30日 by 慈海

こういう話を聞いた。

あるとき、お説教でお坊さんが『入正定聚(にゅう・しょうじょうじゅ)』の話をされたそうだ。
それをお聴聞されたおばあさんが、お説教のあと、そのお坊さんに言うのである。
「はぁ、ごえんさん(お坊さんの意)、こりゃぁまぁ、あれやのぅ。大豆が豆腐になるちゅうはなしですわのぉ。」
それを聞いたお坊さんは、このおばあさんが何をおっしゃっているのかさっぱりわからなかったそうである。

また、こういう話も聞いた。

ある、布教大会(リレー形式で布教使のお坊さんがお説教をする大会)でのこと、ひと通り布教使の方々のお説教が終わり、では何か質問など無いでしょうかとなった時、お聴聞されてたおる爺さんが
「この先生と、この先生が、さっき『お浄土にかえる』とおっしゃってらしたけど、御開山聖人はどこでそんなことおっしゃってるんですかの?」
と質問されたそうだ。

さらに、こういう話も聞いた。

あるとき、お坊さんがお説教の場で、自己紹介から、世間話になり、本題の仏法の話になったところで「~と、私は思うんです。」とおっしゃったそうだ。
その途端、お聴聞されてた方々の一人が
「ごえんさん!わたしらは仏さんの話を聞きに来たんや。あんたの話やらあんたの考えを聞きに来たんちゃう!」
と、そのお坊さんを講台から引きずり下ろしてしまったそうだ。

もうひとつ最後に、父から聞いたこんな話も思い出した。

慈海の父がまだ若かった頃、使いで親戚の家に行ったそうだ。
玄関を開けようとすると、台所の方から大声で怒鳴り合うような声が聞こえる。その鬼気迫る様子に、玄関を開けるのが怖くなり、そのまま踵を返して家に帰って、母親にそのことを伝えたそうだ。
すると、母親(慈海からすれば祖母)は
「あぁ、それは後生話してるんや。」
と、別に驚くことでもないという返事が返ってきて、父は、変なこともあるもんやなぁと思ったそうだ。

浄土真宗の門徒衆には「おそろしい」人が多い。
ここで言う「おそろしい」人というのは、決して暴れて人を殺しかねないとかいうような「おそろしさ」ではない。見据えている世界が違うのだ。

その反対に、越前のこの辺りでは、時々「かわいらしい」という言葉が、侮辱の意味を含んで言われることがある。
世間知らず、モノ知らず、という意味合いが含まれているからだ。

いつもニコニコと、「かわいらしい」顔をして、実は「おそろしい」人というのはよくいる。

蓮如さんはこう聞かせてくださった。

たとひ一文不知の尼入道なりといふとも、後世をしるを智者とすといへり。

有名な『八万の法蔵』のお文(ご文章)の中の一節だ。

何百何千とお聴聞を繰り返してきた門徒の爺様や婆様が、今日も痛い足を引きずってお寺に参る。
それを年寄りの遊び場所と笑う人もいる。
「いっちょジジババ泣かしてくるか」と演芸を披露しに講台に上がる人もいる。
何もわかってないもんに、丁寧にわかりやすくこの高尚な教えを説いてやろうという人もいる。

爺様婆様は、今日もニコニコと、いい話やった、いいごえんさんやと、皺々の手を合わせて、なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ と、癖になったお念仏をつぶやく。

浄土真宗だけではなかろうか。
まるで禅宗の高僧でも舌を巻くような、こんな「おそろしい」人がゴロゴロといるのは。それも、達観した様子もなく、俗の姿で、まるで凡夫そのまんまで。

今の話ではないのだ。
後生の話である。

ここ数年や数十年の話ではないのだ。
今生のあと、どうなるかという話である。

「あんた、覚悟はいいか?」

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

カテゴリー: 口耳四寸記 タグ: お文, ご文章, 八万の法蔵章, 後生話, 正定聚, 還浄

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