久々に晴天が続き、風雪厳しいこの吉崎にも春の兆しを感じ始めた。
冬の間は特にお参りの方の足音も聞こえず、いつもにもまして寂びさびとした境内であったが、ふらりと訪れてはお念仏を申されて帰って行かれる方の姿もぽつぽつと見かけるようになった。早朝には鳥たちが「アーサムイサムイ!スヲツクロウ!スヲツクロウ!」と騒がしくなり、床を掃除すると風で飛ばされてきた花粉が雑巾を黄色く染めるようになってきた。
今日から三月である。
春の兆しを感じ始めたとはいえ今朝も霜が降った。お御堂に入るとひんやりと冷えた空気が鼻の奥をくすぐる。明かりを灯し、香を焚き、お仏飯をお供えし、いつもと同じく晨朝勤行(おあさじ、朝の勤行のこと)をお勤めする。たまにお参りの方もいらっしゃることがあるがほとんど一人きりのおあさじである。昔は毎朝通われた方もいらっしゃったそうであるが、そういった方々も高齢になり、また先に往生されていかれたそうだ。しかし誰も来ないからといって、この別院で晨朝勤行をしないわけにはいかない。
まだまだへたくそだけれどもせめて声だけでも大きくと、正信偈を誦しながら阿弥陀様のお顔を見上げるとその表情が明るい。この時間でも日が本堂に差し込むようになってきたからか、お優しくて柔らかい如来様のその表情にみとれながらひとり声を出し続ける。
二百年以上前から残る総欅(ケヤキ)の伽藍に、自分の声が反響して心地いい。大きなお御堂でのおあさじは、どんな日でも本当に気持ちいいものだ。ふと、昨日お参りに来られたご夫婦と、この本堂で会話したときの話を思い出す。
そのご夫婦は、以前にもご参拝にこられたことがありその時も慈海とお話をしていた。愛想よく始終嬉しそうに笑われる旦那様と、静かに優しくたたずまれる奥様は、仏様のお話をとても喜ばれ、お二人ともとても聞き上手であった。ついつい話も長くなり、そろそろお帰りになられるとのことで、最後にご一緒にと、仏様の方に向かって手を合わせると、不意に旦那様が「なんか聞こえんか?」と奥様に尋ねられた。「なんかお念仏聞こえる。聞こえんか?」三人で息をひそめ、阿弥陀様の方に向かって耳を澄ませる。
風の音であろうか、それともストーブの音であろうか、かすかに高くすんだ声のお念仏のような声が聞こえた気がした。「この本堂はもう二百年以上お念仏がしみ込ませ続けていますから、もしかすると過去無数の方々のお念仏が、柱やら壁やら天井やらからしみだしてるのかもしれないですね。」と慈海が言うと、「あははは!それは間違いない。間違いない!そうかもしれん!」と旦那様たいそう喜ばれた。
無数の方々が、それぞれの人生のなか、それぞれの思いを抱え、それぞれの口から、なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ ……とこの吉崎でお念仏をされてきた。蓮如さんの当時からしみこみ続けたその響きの記憶と、今私の口から聞こえるお念仏の声とが、共鳴するかのようである。そういう意味で言えば、「聖地」という言い方はあまり当流では言わないかもしれないが、やはりまさしくここはお念仏の聖地であったか。少なくとも慈海にとってここは、お念仏の聖地であり、僧侶としての原点の地でもある。
軒を連ねるお隣の大谷派さまの別院では、毎年蓮如上人御忌法要にあわせ、京都のお東のご本山さまから吉崎まで、蓮如上人の御影を御輿に乗せて往復歩いてお運びされている(蓮如上人御影道中)。毎年、この道中を往復全て歩かれていらっしゃるという方がある。中には八十を過ぎてらっしゃる方もいらっしゃるそうだ。六年前、たった片道だけ歩いただけで自身の誇りに思ってしまっていた時もあった。六年前の三月一日、京都のご本山(西本願寺)を出発して、この吉崎に向かった。七日間の旅路であった。片道であるから240キロほどであったか、もっと短い距離だったかもしれない。しかし、毎年八十過ぎて往復500キロほどを踏破されるうえに、十日間の法要も泊りがけでお勤めされるような、そんなバケモノのような方の話を聞くと、なんだか自分が恥ずかしくなる。
数年前、まだ吉崎に住み込みでご奉公することになるなんて夢にも思っていなかったとき、夜中にふと蓮如さんに会いたくなり、実家からこの吉崎別院まで車を走らせたことがあった。境内の前、石階段の下から念力門を見上げると、その門の屋根の向こうに見事な満月が見えた。つい時を忘れ、その念力門と満月の景色をしばらく眺めた。自分自身が慈海なのか、念力門なのか、はたまた月であるのか、眺めている方であるのか眺められている方であるのか、仰いでいる方なのか仰がれている方であるのか、分からなくなるような、不思議なひと時であった。
数限りない方が、お念仏とともにくぐられ、お念仏喜ぶ方々の力によってこの地に運ばれ、今日もまた様々な方のお念仏を聞きながら、念力門はこの地にたたずんでいる。
ああ、いずれこの慈海の口から聞こえるお念仏も、この地の残響となるのであろうか。
なんともったいないことであろうか。
なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ