携帯電話をスピーカーフォンにしての晨朝勤行。
思っていたよりも、先方の方によく声が聞こえていた(むしろ聞こえすぎたくらい)様子で、こちらもまるで、今までと同じようにその方がお御堂で一緒にお勤めをされていらっしゃるような気持で、お勤めができました。
本堂だけでなく、中宗堂でのお勤めも携帯電話越しで一緒にされて、ご文章もしっかりとお聴聞され、さらに短いお話も聞いてくださいました。
「ご迷惑じゃないですか?お手間じゃないですか?」
と何度も恐縮されながらも、久々に一緒にお勤めできたのがとてもうれしかったご様子で、「それではまた明日同じ時間に。ようこそようこそのお参りでございました。」と電話を切りました。
蓮如上人がこの吉崎にいらっしゃったときから始められた「日常の勤行」。
電話を切った後、蓮如上人の方を振り向くと、いつものと変わらず静かに座っていらっしゃいましたが、まさかこの吉崎と、吉崎から遠く遠く離れた場所とで、こんな小さな機械を通じて一緒にその「日常の勤行」をお勤めできるということに、内心とても驚かれているのではないかなぁなんて思いましたが、きっと蓮如上人であれば、
何が驚くことがあろうか、驚くべきことは、
「無始曠劫よりこのかたのおそろしき罪とがの身なれども、弥陀如来の光明の縁にあふによりて、ことごとく無明業障のふかき罪とがたちまちに消滅するによりて、すでに正定聚の数に住す」(帖内御文章 二帖十五通)
ことであろう
と、おっしゃられるかもしれません。
なんまんだぶ