念力門をくぐるときには日がさしてきたように

過去のことばかりを思っていてもしょうがないことではありますし、今ではなんだかいうのも恥ずかしい気持ちになってきていますが、8年前の今日この時間、7日間の行脚の果て、この吉崎別院に到着しました。

得度を受けることを決め、何を血迷ったか得度の後京都から吉崎まで歩くと妄言を口から滑らせ、言った手前歩くしかないやろとなかばやけっぱちで計画を立て、自他ともにもって三日間と思っていたのに、途中雪で通れなくて泣く泣く電車を使った部分はありましたが、とうとう240キロ歩いてしまいました。

今思えば、なんで歩いたのかも、なんで歩けたのかもわからないです。

その後、70の齢を超えても毎年御影道中で京都までを往復歩いてらっしゃる方と出会ったり、まぁなんというか、たった一度片道だけを歩いただけで、なんかおれ達成した的なことを少しでも感じていた自分が恥ずかしくなりましたけれども、それでも、あのときの七日間は、お念仏と共に歩かせてくださった七日間でした。

それから、吉崎は慈海にとっての原点のような場所になりました。

その、吉崎でご奉公するようになったのが今から3年前です。まさか、吉崎まで歩いた時にはここでご奉公することになるなんて微塵も考えていなかったし、想像さえもしてませんでした。何の因果でこうなったのだろうと、時折念力門を見上げながら、ぼんやりと考えていたりします。

未だに、自分がなぜお念仏をするようになったのか、なぜ仏教に興味を持つようになったのか、なぜこの吉崎にそこまで思い入れを持つようになったのか、はっきりとはわかりません。

「引く足も 称える口も 拝む手も 弥陀願力の不思議なりけり」

の古歌のとおり、そんななぜ今私がここにいて、なぜ今私の口からお念仏が聞こえて、なぜ今私は仏に手を合わせているのか、わからんまんまで、わからん自分の今のこの姿が、忌々しくもあり、尊くかたじけなくも思えます。

あの日も、吉崎に差し掛かるころには天の雲は厚く、時折冷たい雨が降り注いでいましたが、念力門をくぐるときには日がさしてきたように思えます。

なんまんだぶ