交通事故にあいました。
タイトルのとおりですけれども、とりあえず誰も怪我はしていませんし、慈海もピンピンしています。
小雨の降る朝でした。コンビニに買い出しに行こうと車を出して100メートルほど進んだところでした。そこは駅近くで徒歩の人も自転車の人も多い上に、道幅も狭く、さらに交通量も多い通りでした。交差点に差し掛かり、カーブミラーを確認して横道も確認して、人の影も車の影もないのを確認しつつそのまま直進していったところで、左の横道から急に青い車が飛び込んでくるのが見えました。「わーーーー」って叫ぶんだね、ああいうときって。まるで普通。自分でもびっくりするくらい普通に「わーーーー」って叫びながらブレーキを踏み込んだ瞬間目の前が真っ白になりました。きっと青い車の影に気づいてから目の前が真っ白になるまでって、いわゆる「刹那」の時間くらい。ぱちんと指を鳴らすくらいの時間くらい。ほんとに一瞬という感じでした。
人間の感覚って面白いよね。目の前が真っ白になってからまるで時間を巻き戻すように車が衝突した衝撃を体が感じるんですよ。まるで思い出すかのように。昔、彼女が部屋を出ていったあとに誰もいないそのマンションの一室に入って、「あ、そうか、もう居ないんだったな…」っていう思い出をフラッシュバックのように思い出したときのように。まるで、そんな記憶の底のワンシーンが加速度的に再現されながら衝撃を実感してくかのように、慈海の体の認知機能がギュルギュル巻き戻りながら再生されていって、徐々にそれが今現在の出来事って頭では理解しつつ、でもなんかそれでもまだ夢を見てるかのような感じ。まぁ、そんな感じで、「ぶつかった!」という事実を、後追いのように認識していったわけです。
目の前が真っ白になったのは、エアバッグが作動してボンと膨らんだから。頭を打ったとか気絶したとかではなく、視覚的に目の前に「チャンとした(?)」白いものが膨らんだから、目の前が真っ白になったわけでありました。いや、比喩ではなく、ほんとに言葉通りに目の前が真っ白だったわけです。しゅーと音を立てて車の中に立ち込める白い煙がとても臭くて、「あ、爆発するんかな?燃える?俺燃えちゃう?」と頭をよぎりましたけどなんだか現実感がないままなので妙に冷静で、まわりを確認しながら、「携帯と財布、携帯と財布」と飛び散った荷物から携帯と財布を探しつつ、まわりを確認して車の外に出たわけです。
それにしても、なんなんだろうね。なんかずっと俺、相手の方が怪我したんじゃないかとかそういうのが心配で、車の外に出て相手を見たら女性だったもんでなおさら「血でてない?意識ある?」とかそういうの確認してたよね。でも、平気そうだったのでちょっとホッとして「急いでた?」ってのんきに聞いてんの。いや、車爆発するとかさっきお前焦ってたじゃん?てか、まだぶつかって数十秒くらいしかたってないぞ?とか脳内もう一人慈海が一人で慌ててんだけど、でもまぁ、変なもんでとっても冷静な気分。いや、端から見たら結構動転してる感じだったのかもしれないけど、自己認識慈海自身はすごーく冷めた感じで「どこに連絡しなあかんのやろ?あ、警察か?保険屋もか?それと。。。」とかそういうのも脳内更にもう一人慈海は考えてたりするの。なんだよ、脳内に慈海何人いるんだよ。ともかく、脳内慈海たちは理路整然とそれぞれの役割をそれぞれテキパキと連携していっていたようです。
そうそう、すごく親切な人がいてね、きっとその方も車に乗っていて目の前でこの事故を目撃したんだろうけど、車を降りて駆け寄ってくれて「大丈夫ですか?」と声かけてくださったのです。そんで慈海も相手も大丈夫そうなのを確認すると「私が証言しますから。あちらが一時停止無視して突っ込んできたのちゃんと目撃しましたから、証言しますからね!」と名刺までくださった。おかげで「俺は悪くない!あっちが一時停止無視してフンガー!」っていう、なんていうの?正義を声高に主張する脳内慈海が脳内シュプレヒコールを起こさなかったのは、よかったかな。ほっとしました。(あとで電話してお礼言いました。ありがとうございました)
でね、もう疲れたから、長文書くの疲れたからこの辺にしとこうと思うけれども、警察読んだり、事故検分(?)立ち会ったり、保険屋さんと話したり、近所の方に「おさわがせしてすみませんー」って頭下げたりしながら、例の脳内慈海の一人がね、ぶつぶつ言うてるんですよ、脳内壁の隅で。お浄土往く前ってさ、きっとこんな感じで「あっ!」って思ったらお念仏する間も、仏様のこと思うことも、いろんな感謝とか、いろんな後悔とか、いろんな懐かしさとか、いろんな寂しさとか、そういうのを感じることもないままに、気づいたら目の前に蓮の池が広がってるんかもなぁって。
その後、事故処理も終わり、車屋さんに事故車レッカーしてもらって、代車を借りて別院に帰り、何事もなかったようにいつも通りのいち日を終えていったわけですけど、あの事故のあと1時間後にね、祥月命日のご参拝のかたがいらっしゃって、読経しながらさ、さっきの脳内慈海がぼーっとおんなじことをお経様のリズムに合わせて繰り返すんですよ。これがさ、ほんとに最後にお釈迦さまのお説教いただくことになるんかもなぁとか、正座で座るのも最後かもしれんねーって。
「後生の一大事」ということをいつも聞かされてはいるけれども、きっと慈海はその瞬間まで、その一大事を一大事と思うことはないのかもしれないなぁと、また別の脳内慈海が、その脳内慈海にポツリというのですよ。
だからこその、今ここでの、なんまんだぶ なんやろうなぁ。
なんまんだぶ せんとねぇ。
なんまんだぶ
↑ 時々こういう光景を見かけるけど他人事だった。自分が当事者って感覚がなんだかなかったね。
↑ ぶつかったところがベッコリと。もしもう少しスピード出してたらこんなんじゃすまなかったかもね。
↑ 血のように見えるけれどもオイルだと思う。誰も怪我しなくてほんとよかった。
↑ エアバッグ膨らましたった!初体験!エアバックって火薬でふくらませるん?すんごく臭かったし車爆発するんかと思ったけど違ったので良かったよかった。
↑ まだ1年ちょっとしか乗ってなかったのに、ごめんよ…。すごくよく走ってくれて、吉崎と福井の往復とかすごく頑張って運んでくれたのに……。おかげでこの一年沢山仏法聞くためにあちこち足をはこべました。ありがとう。
最後に、みなさま、ほんとシートベルトは大事。シートベルトしてなかったら大怪我してたと思う。ちょっとそこまで行くだけだしーってめんどくさがることあるけど、それだめ。いつ事故るかわからんし、駐車場出る時に事故ることもあるわけですし。ほんと大事。交通ルール守って皆様もご安全に!
なんまんだぶ