これは昨年のお話し。
村の子ども会の役員をやっている幼なじみから電話があった。
「今度子ども会でクリスマス会をやるんだけど、お説教してくれない?」
「おお、それはうれし……、え?クリスマス会?おれ、仏さんの話しかできんぞ?」
「いいよいいよ!ぜひ子どもらに、いい話聞かせてやって欲しい。」
「いいけど、うーん、本当に、いいの?俺、坊さんの格好で出るよ?」
「サンタの格好はだめ?」
「それだけは勘弁して」
「うーん、それでもいいや。坊さんの格好でもいいよ!いい話聞かせてやってよ!」
嬉しさ半分、不安半分で、その話を受けた。
だが、子ども会のパーティーとはいえ、さすがにクリスマス会である。
仏さまの話をする以前に、クリスマスということの最低限のことは復習しておかないと失礼と考えた。
図書館に走り、聖書やら、クリスマス関連の本やら、子供向けのお話しやら、たくさん本を借りてきてしばらく勉強した。
少々の不安を感じつつも、自分の中では準備は万端であった。
お話しのテーマは「プレゼント」だ。
何度も頭のなかでシミュレーションする。
うん、イケる。後ろで聞いてる大人たちにも、きっとウケルはず!
クリスマス会当日。バッチリ坊さんの正装をして、つまり、袈裟をかけて、会場に入る慈海。
慈海を見た瞬間、どよめく子どもたち。
「なんで坊さんやぁー!」
「あの坊さん知ってるー!」
「えー!なにはじまるんやー!」
お構いなしに、合掌する慈海。
話し始めると、かわいいもんだ、興味津々で、キラキラした眼で慈海を見つめる無数の眼。
だが、それも最初の5分位だけであった。
次第にざわざわし始める会場。隣の子とおしゃべりしだす子どもたち。
立ち上がってウロウロしだす子もいる。
中には「べんじょー!」と言って、連れ立って出て行ってしまう子供もいる。
そのうち、一番前に座っていた小学校高学年くらいの子が、慈海の話を遮り、小さい声で
「ぼんさん、俺らは何言いたいかわかるけど、あいつら(そう言って低学年の子たちを指さす)には、ちょっと難しくてわからんわ」
と、ヤレヤレという風に首をすくめられた。
この時用意してお話していたのは、次のような話だ。
みなさん、クリスマスはなんの日ですか?
そうですね、クリスマスには、サンタさんからプレゼントを貰いますね。そんな日です。
そのプレゼントというのは、おもちゃかもしれない。洋服かもしれない。
欲しかったものをもらえると、嬉しいね。
でもね、そのプレゼントを貰う前に、もっと大事なものをもらっているんですよ?
それは、なんでしょう?
たったこの六行くらいの話を進めるだけで、10分以上時間がかかっていた。
その上、本題に入ろうとした時には、もう誰も聞いていなかった。
そして、この子供のセリフである。
完敗だ!これは、完全な負け戦だ!!
そこで、慈海は閃いた。
“起死回生、よし、この方法で、戦況を覆すしか無い!”
会場の後ろの方にいた親御さんのひとりに、大声で
「すみませーん、ちょっとだけ、一瞬だけ電気消してもらっていいですかー!」
会場は既に子どもたちのしゃべり声で大賑わいである。
後ろの方にいた親御さんも、慈海が何を言っているのかわからなかった様子だが、二・三回繰り返して呼びかけると、意図が通じたらしく、電気を消してくれた。
途端にシンとなる会場。
さっきまでの喧騒が嘘のようである。
しかしすぐに
「ギャーーーーー!!!!」
「うぉーーーーーーー!!!!!!」
という、まるでドラゴンの巣窟にでも足を踏み入れてしまったかのような咆哮が、会場内をこだまし始めた。
「もういいです!電気つけてくださいーーー!」
一瞬だけ消してもらえればよかったのだ。
慈海の頭のなかでは、
<電気を消す→暗くなる→電気がつく→明るくなる>
この間、3秒ほどの、あっという間の出来事のつもりだったのだ。
そして、その一瞬の暗闇に驚いた子どもたちに向かって、おもむろに、こんな話を続けるつもりだったのだ
暗いと何も見えないね!
あのね、こんなお話を聞いたんだけどね、
あるとき、クリスマス会で、今みたいに子どもたちが集まってたんだって。
その時、神父さんが、子どもたちにこんな質問したらしいの。
「この部屋イッパイにプレゼントをうめつくすにはどうしたらいいかな?」
そしたら、みんなウーンって考えこんじゃったんだけど、一人の男の子が、手を上げて
「わかった!」
って言ってね、部屋の電気を消したんだって。
そして、ロウソクに火を灯して
「ほら!これでこの部屋中がプレゼントでいっぱいになったよ!」
って言ったんだって。
いつもは気づかないけど、実は、おもちゃとかそういうものだけじゃなくて、いつもぼくたちはプレゼントに囲まれて生きていたんだね!
「いい話」だと思ったのである。
仏教にも通じる話だと思ったのである。
少し難しいが、それでも、ゆっくり話せば通じると思ったのだ。
しかし、事前に打ち合わせも何もしていないわけだ。
電気を消してくれたまではいいが、なかなか電気が着かない。
会場は真っ暗なまま。徐々に子どもたちの咆哮が大きくなる。
「もういいです!電気つけてくださいーーー!」
叫ぶ慈海。
しかし、子どもたちの咆哮にかき消されて、電気のスイッチの近くにいる大人には、悲しいかな、慈海の声が届かない。
「もういいです!電気つけてくださいーーー!」
繰り返し繰り返し叫び続ける慈海。
やっとスイッチが入る。
チカチカと蛍光灯が震えて、文明の象徴が、明るく部屋を照らす。
だが、遅かった。
会場は、電気が消される前以上に、混沌が支配していた。
異常事態に興奮して走り回る子どもたち。
怖くて大声で泣き始める子どもたち。
お菓子やら座布団が中を舞う。
「あぁーぁ……」と、呆れた顔で、この後どう収拾するのか冷たい表情で慈海を見つめる大人たちの目。
泣きそうだった。
自分の無力さに、膝から崩れ落ちそうだった。
ただ、必死で、引きつった笑顔だけを保ち続けていた。
しかし、このまま会場を出る訳にはいかない。
なんとか、最後まで話をしなければ。
やけくそだった。
涙をこらえながら、会場の後ろの壁の一点だけを見つめて、当初予定していたお話しを、誰も聞いていない虚しいお話しを、そのまま最後まで、続けた。
合掌して、フラフラの笑顔で会場から出ていく慈海。
背中に聞こえる敵の凱歌が、心を貫いていく。
ちょっとした、トラウマになりそうであった。
ああ、袈裟を汚してしまった。
それに、キリスト教さんに申し訳ない……
家に帰り、衣に着替えながらそう落ち込んでいる時、ハタとあることを思い出す。
慈海の父は、ベテランの教師だったじゃないか!それも、小学校の!!
なぜ事前にアドバイスをもらわなかったのか!
こういうことのプロが、身近にいたじゃないか!!!!
そして、携帯をとり、父に電話をしたのだった。
(後編に続く)