涼しくなってきたとはいえ、まだ日中は冷えたむぎ茶が欲しくなる。
日に日に長くなる秋の夜、明日の分のむぎ茶を作っておこうと、やかんに水を満たし、火にかける。虫の音を聞きながら、ぼんやりとそのやかんを眺めつつ、お湯が沸くのを待つ。
しばらくして、やかんがクツクツと音を立て始め、ふと「さみしさ」を思い出す。
そうか、慈海も独りであったな。
母の「モノ忘れ」が、少しずつ、ゆっくりと、ゆっくりと、進行しているらしい。
「モノ忘れ」の進行を遅らせる薬は飲んでいるらしいけれども、日を重ねるごとに「モノ忘れ」が顕著になっているようだ。薬の効果のおかげでそれでも進行が遅くなってはいるのか、それとも期待しているほどの効果が出ていないのか。
父から電話がある度に、いつも父は小声で慈海に訴える。
「おい、そうとうひどいぞ。」
こんなことがあった、あんなことがあったと矢継ぎ早に最近の母の「モノ忘れ」の様子を訴える。父は父で、そんな母との生活に、かなり参っているのかもしれない。慈海はウンウンとただ聞くだけである。
「モノ忘れ」を母本人も自覚するときがあると言う。そんな時は、ひどく落ち込むのだそうだ。
「なんで私こんなんなってもたんやろ……」
自分で自分を信じられない情けなさに、苛立って自分の腕に噛みついたり、物を投げつけたりして、ポツリとそう言うのだそうだ。
「もつけのうてなぁ(福井弁:かわいそうでなぁ)」
電話越しでも、父が泣いているのがわかる。
自分が壊れていく感覚なのだろうか。それは、世界が崩壊していくことと同義だ。いや、もしくは、自分だけが世界からこぼれ落ちていくような感覚なのかもしれない。それは絶対的な「さみしさ」であろう。
ふとしたきっかけで、その「さみしさ」を母は思い出すのだ。
どれ程の恐怖であろうか。
しかしその「さみしさ」のために、泣いてくれる人がいる。父がまさか、母のために涙を浮かべることがあるなんて。
いずれ、慈海の顔も忘れてしまう時が来るのかもしれない。父のコトさえも忘れてしまう時が来るのかもしれない。
そうなったとき、慈海は何と母を見ることができるのであろうか。何と言葉を発するのであろうか。
「あんた!寝たきりになったとき、誰も面倒見てくれんかったらどうしよう。」
「だから、そうならんように薬もらってきたんやろ」
「違う。あんたのコトや。」
アルツハイマーの診断を受け、人生で最も恐怖を感じていたであろうその時の、母の言葉であった。
なんまんだぶ